豊科町にて
高瀬川上流・湯俣温泉
1988/8~1991/6の3年間過ごした。着任した年すぐには渓へ行かなかったようだ。秋も深まり山が白くなった11/4~11/5に湯俣温泉に行った。8月に広島へ行った渡辺さんとは来年まで会えぬかと思っていたが早々と再会することに。温泉とはいえ渡辺さん、浅間温泉や大町温泉郷でのんびりの筈はない。槍と三俣蓮華の登山口にある湯俣温泉。交通手段は徒歩のみ。一件宿の「青嵐荘」は冬季閉鎖中で当然テント。辺りは真っ白かもしれぬ。しかし温泉は宿の付近の河原に噴出しており入れるらしい。天候は曇り後雨だが里での話。11/4広島だったか名古屋からだったか松本駅に降り立った渡辺さんと大町へ。大町温泉郷は素通りし高瀬川沿いに七倉ダムへ向かった。そこで登山靴に履き替え歩き始めた。立派な舗装道路で工事用車両が行き交う。高瀬ダムまで1時間半はかかった。ダムから更に平坦な舗装道路。バックウォーターを眺めながら「この中には大物がいるぞ」「対岸にボートで渡ったらあの沢は入れ食いだ」そんな会話をしながら1時間程で登山道へ、やはり平坦だったが林に入り気分が良かった。途中に避難小屋もあった。「来年はここを拠点に高瀬川を」と。2時間弱で河原にでた。前方に建物が。やはり雪が。先ずはどこか閉め忘れは無いか?中に入れないかとひと回りするが頑丈に締め切ってあった。裏の物置小屋の軒下が比較的に広く雪からの避難場所になりそう。青嵐荘の前の河原には天然に近い露天風呂がいくつもあり湯気があがっていた。手を入れてみると。十分入れそうな温度。すぐに飛び込みたかったが我慢してテントを張り三俣蓮華への伊藤新道を。硫黄の匂いが消えた辺りで竿を出してみるが音沙汰なし(禁漁期間とはいえ準備していた)あきらめテン場に戻り露天風呂へ、そして乾杯。雪は降らなかった。
翌朝は槍方面の千天ノ出会いを目指した。雪が深く当たりもなく引き返す。十分に満足。風呂に入り帰り支度。途中から雨が降り出した。
登山道を終えて高瀬ダムに近づいた付近で後方からの工事用車両が近づいてきて「人を乗せては駄目なんだけど荷物は持ってってやるよ」「七倉の赤の富山ナンバーか?」「そうです。助かります。お願いします」舗装道路の歩きはつまらない。高瀬ダム(ロックフェールド)からの下りでうねった道をショートカットしようと石の斜面を歩いて怒られた。七倉ダムに着くとちゃんと2人の荷物が雨を避けて置かれていた。感謝しながら渡辺さんを松本駅へ送った時は真っ暗だった。
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中房川
さて、釣りは、やはり離れてしまっても忘れられず長棟川へ毎年数回通った。それは回数こそ減ったものの現在も続いている。豊科周辺では釣り地図頼りに常念岳の麓を流れる烏川、隣の穂高町の中房川へよく行った。烏川は本流を遡行すると一の沢、二の沢があり共に22,3cm止まりだったが時々は釣れた。本流の上流には常念の登山口が有り道路も整備されていて入渓が容易で岩魚達は擦れていていい思いはさせてくれなかった。後日、地元の人に私の入渓地点よりも下流に大物がいる事を教えられた。一番回数行ったのが中房川。3月の解禁間もない頃入った。水はほとんど流れてなかった。とても釣れそうな雰囲気ではなく先に進み堰堤の下で小物を釣った。ここで止めておくべきだった。堰堤を高巻き深い渓に入った。岩肌がすべて凍っていた。戻るのもしゃくだし。高いとはいえ上には林道がある。淵を目指して高巻こうと登ったら動けなくなってしまった。全ての岩が氷に。先は進めず降りるのも怖い。結果的には滑り落ちる事なく降りれたのだが。富山とは寒さが違った。雪シロ後、数回通ううちに比較的に入渓者が少ない区間を見つけた。町のハズレから観音峠の下までは堰堤が2,3箇所あるが入り易くその先が完全に通らず。高巻きはかなりの時間を要した。ここから上流の糠川と冷沢(ツべタザワ)が合流するまでの区間。ゴルジェ帯でも有った。観音峠を越えて降りられそうな場所を探していて格好の場所を。ガレて急だが一揆に行ける。上から見ると水際が切り立って見える。行って見たら、ぶら下がる木も有りすんなり。初めて降りた時はその地点で2,3本。型も良かった。観音峠の下の通らず迄戻り釣り上がった。当然高巻きはあった。大きな淵の端に降り釣ったらまたピストンで戻るしんどい場所も。真っ白な川底の砂と石の上に餌を落とすとスーと寄ってきて食いつく白い岩魚。すっかり気にいった。体力も有った。その後東京から以前一緒に歩いた事がある知人が連れと2人でやって来た。上流の糠川を案内し少し釣れた後にいつもの降下場所へ。しかし下を覗いた途端「遠慮しとく」と言い仕方なく烏川へ移動した。糠川ともうひとつの冷沢。水量の少なく平坦だが何とも不気味は沢だった。とにかく暗かった。途中で戻った。地元の人に言われた。あそこは入らないと。熊だったか、なにかの伝説だったか覚えていない。糠川・冷沢との合流地点から上流の中房温泉までの間は簡単に入渓可能。
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燕岳へ
中房温泉のすぐ前が燕岳への登山道の入口で麓からケーブルで引き上げた西瓜やりんごが売られている合戦小屋まで2、3時間だったか。その先頂上まではそう遠くなかった気がする。そして頂上は花崗岩で岩に穴の空いたメガネみたいな岩もあった。とにかく天候が悪かった。翌日下山し豊科にいた頃常連だった蕎麦屋とお世話になった家に立ち寄った。
周辺
穂高町の隣の松川を流れる乳川に釣魚沢という渓があり詰めてみたが小物ばかりだった。ここは中流部の瀬で良型が出た。南方面は木曽福島の黒川、開田村の末川、王滝村にも行ったが良い印象は残っていない。上高地への旧道、徳本峠から流れる有名な島々谷川。ゲートがあり入り口に「山梨県人・立入禁止」なんて看板が。皆が目指す南沢の奥には岩魚留沢・小屋なんてのがあったが私は北沢へ入った。水量が少なく引き返したくなる付近から奥が釣れた。奈川村から野麦峠を越えて岐阜県の益田川の支流にも入ってみたが大釣りの記憶はなく山菜採りの印象が強く残っている。沢には天然クレソンやウドが山程あった。やはり渓=長棟川というのが体に染み付いて真剣に奥を詰めなかったのだろうか。