
「ようやく本流へ」
「始まりの始まり」を書いて次に長棟川についてと思っていた。しかし20年を越える長棟川との付き合いの全容がなかなか見えてこなかった。残された写真を頼りに思い出そうとしても日付のないものは場所さえもはっきりしなかった。大池谷や金山谷を含め一体何回長棟川に行ったのだろう。特に本流は。桧峠のゲートの鍵を入手した1987年夏から翌年の夏まで渡辺さんとの日帰りの釣行及び単独釣行の写真はまったく残っていない。初めて核心部に降りたのは何時だったのか?仕方なく他の渓を書きながら外堀を埋めて残された断片的な記憶を頼りに書いてみたのだが。赤い橋の勘違いから、とんでもない釣行になった次は奥山発電所から本流を目指した。その後は高低差100m近い林道の数箇所から降り立った。かなりの急勾配も木々と草付きで何とか降れたが水際の絶壁には苦労した。お互いに滑り落ちた事も。3、4回以上に渡って漸く奥山から赤い橋まで渡辺さんとほぼ踏破した。それでも一箇所途方もない高巻きを要する箇所が残っていてそこは後年渇水期に単独で行った。この時胸まで浸かり先に進んだのだが目の前を岩魚が逃げもせず悠々と泳いでいた。全行程を通じて素晴らしい渓相で圧倒された。また沢山の岩魚に出会う事ができた。中でも降り立つにも登り着くにも苦労し途中岩肌登りのあるゴルジェ区間を核心部と呼んでいる。岩肌登りの場所だが初めて行った時はとんでもないコースを辿っていたのだ。岸壁の僅かな引っ掛かりを頼りにトラバース、ザイルなし。もし足を滑らしたら。今はとても行く気になれない。渡辺さんと一緒だったから可能だった。また渡辺さんは核心部一番の通らずの滝にも降りた。トラロープを木にくくりつけ岩肌を2、30m降下。私は祈るような気持ちでロープを握っていた。また核心部では悲しい光景を目にした。安保師匠、出会って間もない高橋さん等4人で入った時の事。途方もなく暑い夏の7月後半(アブはいなかった)だったと思う。水量が少ないと思いつつも降り立った。水が無いではないか。核心部で一番大きな淵へ。完全に干上がっていた。淵の中央も僅か5、60cmの窪みに岩魚が酸欠状態で数匹。廻りには残骸が沢山。慌てて捕え水のある場所を探した。幸い次の通らずに何とか生き延びられそうな水量があり放してやった。釣りは中止し林道へと。上流の取水を止め流してもらう事を祈りながら場所を移動した。それと並行して金山谷もよく行った。奥で二股となるのだが水量が極端に減り限界だった。安保師匠の教えもあり広川へは入らなかった。また赤い橋から上流はあまりに入渓し易く入る気になれなかった。奥山の下流も素晴らしかったが第一発電所付近は入渓者が多く奥山の手前1、2Kmの区間が良かった。

「どこでも一緒」
カミさんとは数え切れない程キャンプをした。山、川、海と。そして核心部も含めて本流、大池谷、金山谷すべて一度は一緒に行った。私の後方で一生懸命、川虫や山菜を採ってくれた。滑ったり転んだり色んな事があった。本流の途中から林道を目指して登っていた時の出来事。急勾配なので私は後ろでカミさんを支えながら進んだ。最後の登りでカミさんが岩に手をかけ登りきった時だった「うわっ」私も登ると目の前にでっかいマムシ。しばらく見つめると静かに藪へと消えた。噛まれなくて本当に良かった。8月上旬だったかクスリ谷付近に降り立った時の事。二人「さあ~行くか」とその時、5、6匹アブが寄ってきた。数分後手足が真っ黒になる程のメジロアブが。寒気がした。逃げるしかない。竿を納め二人で退散。川を離れても暫くはアブが追いかけて来た。必死の思いで林道にたどり着いたがまだ数匹まとわりついていた。そして忘れられないのが不気味な人物とすれ違った事。白鳥からだったか檜峠に着いたがゲートの鍵が変わり仕方なく徒歩で奥山へ行きキャンプし翌日の午後4時頃に檜峠の手前2、3キロを歩いていたら、前方から男性が歩いてくるのが見えた。夕方に長棟に着き明日釣るのかと思った。やがて近づきすれ違った。白っぽいワイシャツにスラックスでサンダル履きで、ほぼ無表情。手ぶら。背に荷物なし。挨拶はしなかった。ゲート手前に車を置き林道を散歩でもと思った。しかしゲートに着いたが車は私の車一台のみ。もっと手前に止めたのだろうか?小坂の部落についても途中に車は一台も無かった。一体あの人は。気持ち悪くなり急いで部落を後にした。長棟川では山菜採りや釣りで数人亡くなっている。林道の途中に花が置かれていたのを見たこともある。あの人は一体。岩魚幻談だったのか。

「怒られたっけ」
五月晴れの土日、安保師匠は東京から?私は豊科から一体どこで落ち合ったのか記憶がない。おそらく桧峠から入ったと思う。鍵は持っていた。誰もいない静かな核心部、適度な水量、白い岩とキラメク水面、渓を囲む木々が緑の葉で包み込んでくれ、そして次々に岩魚達は顔をみせてくれたのだ。渓で遊ぶとはこういうものかと感激した。夕食と朝食分をキープし早めに林道に戻った。水場の近い林道沿いにテントを張り師匠は岩魚をさばき、私はウドとミズナを少し採りに。いつも集めるのに苦労するたき木がちゃんと用意されていた最高のテン場。まだ明るいうちに缶ビールで乾杯。何の話題もいらなかった。只々この天候と渓の状態と岩魚達に感謝した。暗くなる頃には黒部の銘酒「銀盤」に変わり早々とテントにもぐり込み爆睡。翌朝、朝食を取っていると車の音が、釣り人かと思った。もう前日充分に楽しませてもらって先を急ぐ気はなかったので手でも振ろうかと近づく車を見つめていた。二人連れのワゴン?が近づき止まった。挨拶しようと思ったら、いきなり怒鳴られた。「駄目じゃないか、こんなところで火を燃やしちゃ。ちゃんと後片付けしとけよ」「すみません」営林署関係の作業員だったんだろうか。こんな事もあり上流へ向かうのは止めて奥山へ引き返した。天気が良く気温も急上昇で釣れそうな感じではなかったが時間がたっぷりあったのと私がまた刺身を食いたくなり発電所の下流を少し下って釣り上がった。釣れた。でも刺身用の2本のみで納竿。取水口堰堤の下の岩場で刺身定食を。岩場のえぐれた中を見ると数匹の岩魚が泳いでいた。釣るというよりも遊びで餌を落としてみたが無視された。当然の事。釣れない方が良かった。暫く見つめてから長棟川を後にした。

「テントが潰れた」
長棟林道の除雪は早くても春のゴールデンウィーク前か雪の量によっては連休明けなんて事も。小坂の部落から歩いての入渓は所要時間を考慮すると先ず不可能。ましては茂住からなど以ての外。そこで渡辺さんが見つけてきたのが第一発電所から林道途中に出るコース。発電所からは送水管が林道に向かって伸びていた。脇には点検用の立派な階段がありこれを登れば林道のかなり近くまで行くことができるショートカットコース。633段の階段を登るのはいつも息切れの連続だったが達成感も格別。3月下旬に渡辺さん、安保師匠、私の3人で入渓した事があった。当日は快晴で予定通り奥山に到着。期待していた営林署の小屋は屋根が崩れ落ち外壁が寂しそうに建っているのみ、中には材木が散乱し使用不可。仕方なく雪の上にテントを張り渓に降りたった。もちろん雪シロ無し。静かな流れの中を岩魚達が泳ぐのが見えた。やはり雪でそう遠くまでは進めなかった。途中私の胴長のフェルトが剥がれてしまい歩くのに一苦労(確認しなかった自己責任)した。林道への登りも苦労した。斜面の雪がまだ締まっておらず、ぬかってしまうのだ。テン場に戻り楽しい宴会。寒さは覚悟していた。以前渡辺さんと今回と同じように雪の上にテントを張った時、途方もなく冷え込み二人で背中をすり合わせながら朝を待ったなんて事があったから。しかし今回は違った。狭いテントにもぐり込み3人仲良く目を閉じたのだが夜中に体温でマットのしたの雪が溶け出したのだ。それでも我慢。そのうちにテントの天井が下がってきた。身体に接する程だ。「何だ、何だ」外を見ると雪。雪の重みでテントが潰されてきた。どうする事もできずに朝を待った。薄明るくなり外にでると3、40cm程の新雪。とりあえず屋根の無い小屋に避難。やる事もなく残った外壁の隙間に身を寄せた。渡辺さんが何とか再建しようと材木を動かしたりしてみたが上手くいかず。私の胴長の事もあり退散する事に。新雪の林道を黙々と歩き雪の積もった階段を恐るおそる降りてきた。41号線を岐阜方面に向かい立ち寄った数河高原のドライブインでの暖かいラーメンが思い出される。

しかし懲りずに翌年の3月また行った。今回は日帰り。一緒に釣りをやった事はなかったが幼少の頃から海に潜り高校生の時50cmを超えるアメマスをゲットした後輩のM君(写真を見せてもらった)と二人で。経験はないものの若さと体力は十分。何とかそそのかし決行。雪の降る中、郡上ハムをかじりながら奥山から本流を。彼はちゃんと釣り上げた。そして第一発電所に戻るまで決して弱音を吐かずひたすら私について来た頼もしい青年。帰途の41号走っていると前方の車がどうもおかしい、途方もなく蛇行している。運転しているのはオジさんのようだ。追い抜くこともできず。手前の大きなカーブを何箇所も蛇行しながら通過し数河のドライブインへ入って行った。「一寸顔を見てみよう」と後に続くとオジさんが降りて来た。真っ赤な顔で足元もよろよろ。完全に酔っていた。ぶつからなく良かった。そうそう私も気をつけなくては。男人情???酒で完全に酔っ払って長棟を後にした事もあったんだっけ。